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お月さまの「愛」なのでしょうか?ネ!。
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    【日本の国立天文台の研究者が、NASAに情報提供したところ、選ばれた。竹尾さんは以前から天体観察イベントを主催するなどし、月表面のアルファベット探しを続けていた。NASAのサイトに写真が掲載されたことについて、「考えてもみなかったことで、非常に名誉です」と喜んでいる。写真はNASAのホームページ(https://apod.nasa.gov/apod/ap181103.html)から見ることが出来る。次に条件が整い、「LOVE」を見つけることができるのは11月15日だという。(小坪遊)」、と署名入りの記事を朝日新聞が報じた】、とネットニュースが伝えています。混乱の地球に、愛のメッセージなのでしょうか?ネ。「ウサギの餅つき」と同じで、見えても見えなくても「ロマン」ですネ。これで、世界の貧困と戦争が無くなれば最高ですが…。ここ深大寺の朝は、雨上がりの曇りで14℃(5時半)とチョイ温ですが、皆様方の所は如何でしょうか?ネ。お互い十二分に気を付けて、天高く人肥ゆる秋(「読書、どくしょ、ドクショ、忘れてるゾーッ!。」、と天井桟敷の声でしょうか?ネ。)を楽しみましょう。英語で「LOVE」、日本語で「愛」。ブリタニカ国際大百科事典小項目事典によります(パソケンしました)と、「愛は人間の根源的感情として,全人類に普遍的であり,人格的な交わり、あるいは人格以外の価値との交わりを可能にする力である。ときに憎しみの対立概念とみなされることがあるが,根源的な生命的原理としては,それをも包括するものである。愛は歴史的に,地理的に,さらには交わりの形において諸相をとる。古代ギリシアにおける愛はエロスと呼ばれ,これは肉体的な愛からさらに真理へいたろうとする憧憬,衝動を含んでいる。キリスト教における愛すなわちアガペーは,人格的交わり(隣人愛)と神への愛を強調し,これを最高の価値として自己犠牲により到達されるとした。ルネサンスにおいて愛は再び人間謳歌の原動力ともみなされたが,これは愛の世俗化を意味するものともみられ,工業化の進む現代はその傾向をますます強めている。愛は人間の根源的感情であるところから,ヒンドゥー教でのカーマ、儒教における仁、仏教における慈悲などすべての文化圏にもみられる。また愛の現れ方は一様ではなく,性愛や友愛,愛国心,家族愛など交わりの諸相によって異なる。交わりの関係がかたよった場合には,異常性愛や憎しみに近い偏執的愛に変ることもあるが,これはもはや本来的な愛とはいえない。」とありました。」=「神の領域」なのでしょうか?ネ。秋の夜長に、また一つ「学び」のテーマが出来ています。イイのがありました。時々愚老のブロ愚でも頂戴しています、和歌山県南紀の紀伊民報昨日のコラム「水鉄砲」です。「世はIT(情報技術)時代。私はパソコンを何とかいじりながら、その難しい時代を生き延びている。」、と「IT時代」を生き延びているコラム子自身がノッケから登場です。「先日近所の病院で定期検診を受けたが、結果はすぐに出た。医師は数値を見ながら説明するだけで誰が判断しても同じという。」、と「IT時代」の誰でも「速読?」を紹介したコラム子は、「いま話題の『ホモ・デウス』(河出書房)という分厚い上下巻を読み終えた。著者は高名なイスラエルの人類学者ユバル・ハラリ氏。題名は『神になる人間』の意味だという。高名な評者が『読破にはいささかの体力と知力が要る』というほどだから、両者に欠ける私には荷が重かった。」、と謙遜気味に、この重かった「本」を紹介していますが、「高名な評者」って誰なのでしょうか?ネ。コラムは続いて、「先進国はこれまで、飢えと流行病と戦争という三大災厄をほぼ克服した。その人類はいま、コンピューターによる生命工学や人工知能の時代に突入している。医学をはじめ膨大な個人情報が蓄積され、解決への手順を踏めば、誰にも答えが容易に出せる時代に入りつつある。」、と「誰でも容易に答えの出る時代」だそうですが、「専門家」や「有識者」と呼ばれる「怪しげな指導者ども」が、職を失うのはイイことで、「本物だけが生き延びる時代」でしょうか?ネ。コラムは続いています。「残された難問の『不死への挑戦』も視野に入り、米国では解決を目指す会社も生まれた。そのうち500歳を目標にという専門家もいるらしい。そこで本書は『人類は神の領域に入りつつある』という。その道程で今後20年間に米国でも半分の職業が自動化で消えるという予想もある。」、と不気味な予想を紹介したコラム子は、最後に「日本の中・高生の多くは中学校の教科書も正確に理解できない。多くの仕事が人工知能に代替される将来、読解力のない人間は失業するしかない』という数学者、新井紀子さんの警告も不気味だ(倫)。」、と数学者の警告を紹介してコラムを閉じています。そうですか?。「数学者の警告」ですか?。そう言えば、先日読んだ書物に、大量の“読書”は、“数学者”を生む、とありましたものネ。この数学者も本を読んだのでしょうか?ネ。それにしても、パソコンが普及し始めた頃、紙も、それに伴うホワイトカラー(机上労働者?)も減る、と言われていましたが、不思議で異常な愚老的感覚では、紙も、机上労働者も増えたように感じていましたが…。秋風が吹いて、温もり?と枯葉を運んでいますが、昨日も深大寺ヨコの広い通りを歩いていましたら、「カサ」・「コソ」と枯葉が舞って、一句が浮かんでいました。<カサコソと落ち葉舞うなり深大寺>哲子。今年の枯葉色は、最悪でしょうか?ネ。都政と同じ「都池色?」に沈んでいます。深大寺の鐘も、ごく近くでなければ聞こえなくなっています。あらゆるところで、「老齢化が進み」、動きが悪くなっています。「人族」の多くが、マスマス衰えて愚かさを露呈し、少数のエリートだけが「神の領域を支配」するのなら、「今の時代と大差無し」なのでしょうか?ネ。秋の夜長です。本を読みましょう。これも神の領域に近付く一つの方法であるかもしれませんネ。そこで今日の一句ですが、<主権者が支配出来るか神の国>哲子。「人の時代」も、「人間の時代」も、「神の時代」も、大多数の「主権者が支配出来る国」でなければ、愚老にとっても「国は相変わらず、何の意味も無い邦」でしかアーリマ先祖ナーモ!。皆様方は、ドンナ一句をお詠みになられましたでしょうか?ネ。

     皆様方の“叡智”を結集して、豊かで平和な人間の明日を創る為に、大切なこの星から貧困と戦争を一掃しましょう。愚老も強く祈念しています。デワデワ、でわ。​又明日です。

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