「落日は燃えているか」

サワイ・ワールドのブロ愚をお楽しみください。
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<< 大自然は…?!。 | main | 昨日、南相馬大学の佐々木総長がお送り下さったお写真です!。 >>
立野先生が、昨日メールして下さったお写真です!。
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      立野正裕。遠野からです。

     

    お目にかけるのは今朝五時半の東の空です。

    現在十一時半。暴風が勢いを募らせています。

     

      ここ深大寺の朝は、昨日の暑さも残って曇り21℃(5時半)とチョイ温ですが、皆様方の所は如何でしょうか?。お互い十二分に気を付けて元気に、もう直ぐの「“人肥ゆる”食欲の秋」を待ちましょう。昨日のお昼前、先日の講座後、一時帰国?されていた立野先生がお送り下さった、昨日の早朝、「遠野」で撮られたお写真です。愚老のブロ愚をご愛読下さる皆様方は先刻ご承知のように、不思議で異常な愚老が捧げている、

    立野先生への称号は夕暮れのマジシャンでしたので、パッとお写真を見た瞬間、「遠野の夕暮れ」と愚老特異の「違い込み」でした。立野先生のメッセージに、「早朝」とあるではアーリマ専科!。「夕暮れ」だけでなく「朝もイイんだ!」、とボウゼンお写真を見詰めていましたが…。ソウダ―ッ!。

    立野先生への新しい称号が、愚老の特異な自脳に浮かんでいました。光と影のマジシャンです。如何でしょうか?ネ。自画自賛!、「ソダ・ソダ・そだねー!」、とカーリング娘の黄色い声が聞こえていました。今日は、そんな「遠野」に因んだコラムが、お隣宮城県の仙台に本社を置く河北新報にありましたので、頂いています。5日付の「河北春秋」です。「『民話の音色』というコンサートを栗原市出身のピアニスト菅原紀子さん(36)が企画した。多彩な伝承譚(たん)『遠野物語』の遠野市と、童歌の宝庫である郷里を音楽で結び、誰の心にも眠る民話の世界を呼び起こしたいと願う.」、とノッケから「遠野物語」の登場で始まったコラムは、「障害のある子どもたちを音楽で支援する仙台市のNPOで働き、古里の栗原市若柳には女声合唱団の伴奏に通う。団が歌い継ぐのが童歌。仲間で民話の語り部の伊藤玲子さん(93)らが集めた明治から昭和の遊び歌だ▼「昔の景色や楽しさが歌にあふれるけれど、若い人に伝えないと消えていく」という思いが菅原さんにあった。」、と菅原さんの活躍を伝えたコラム子は、「転機は遠野市を旅した昨年夏。妖怪や動物、自然と人が共生する遠野物語を地域おこしに生かそうと活動する富川岳さん(31)を知った▼奥深い物語の舞台を歩き、新しい学びをする。そんな富川さんの集いに遠野の若者らと参加し、温めたのが『東北の民話と童歌、皆が親しむ西洋の音楽を一つにするコンサート』」、と書き進んだコラム子ですが、人間と人間が出会って「学び」、“扉をひらく”のでしょうか?ネ。コラムは続いて、「栗原の童歌や遠野物語、昔話や伝説から生まれたフランスと北欧の名曲を、菅原さんのピアノや仲間の独唱、語りで結んでいく。大人も子どもも心で聴いて、心で遊んでほしい。」、と願うコラム子は、「開催は7日に遠野、8日に栗原市若柳、9日に仙台でも。」、と紹介して、連絡先の電話番号を記してコラムを閉じています。昨日は、遠野でも開催されています。人間と人間の出会いから、「新しいコラボの世界」が、魅力イッパイに広がるものなのでしょうか?ネ。そこには、新しい「人間物語」が展開しているようですネ。素晴しい―ッ!。人間って、何と素晴らしいのだ!、と愚老も納得のコラムで、「遠野の朝」のお写真が、不思議で異常な愚老の精神を高揚させて下さったのでしょうか?ネ。三感師恩!を噛みしめながら、今日のブロ愚UPを目指しました。そこで今日の一句ですが、

    学ばむと越へし八十路のロマン哉>哲子。「学ぶ」心を持っていたことが、不思議で異常な愚老の老後を、豊かに彩って下さる三感師恩!です。先日までは、「生きて活かされている。」、と表現していました愚老の人生を、先日の「お彼岸」から、「活かされて生きている。」と変更していますが…。

    皆様方は、どのような一句をお詠みでしょうか?。

     皆様方の“叡智”を結集し、地球から「貧困と戦争」を一掃しましょう。豊かで平和な「栄光の明日」を、愚老も祈念しています。又明日です。デワデワ、でわ。

    | - | 05:45 | comments(2) | - | ↑PAGE TOP
    コメント
    澤井ゼミ長!

    きょうのわたしの勉強の一端を、この場をお借りして披露させていただければさいわいです。以下、覚え書きからです。


    きょうは小春日和というにはまだ時期がちと早いが、ぽかぽかとあたたかい。縁側で仕事中、佐々木喜善の本を読みながらザシキワラシのことを考えていた。
    ザシキワラシは座敷童衆と書く、と『遠野物語』は言う。その仲間に蔵ワラシがいるが、喜善によれば「細手長手」というのも同類ではないかと。
    襖の戸を少し開け、そこから細くて長い手だけ出して人をさし招く。顔は見せない。土淵村の北川家の奥座敷に出没。
    この家から他家に行っている叔父が泊まりに来て寝ておった晩、これに遭遇したという。喜善が本人から聞いた直話だ。

    手招きされたこの人は、その後明治の大津浪で家屋も妻子も失う。あのときの手招きは災厄の前兆であったろうかと喜善に述懐したそうだ。

    津浪に合ったこの人の話は、『遠野物語』100話に語られている。同書中最も哀切な話としてつとに知られるが、ことに七年前の津浪のあと、この話をなまなましく想起させられたという人は少なくない。
    「先年の津浪」からほぼ一年後、海岸近くの掘っ立て小屋に、この人は生き残った子供らと暮らしていた。
    ある霧の晩、波打ち際を寄り添いながら歩いて来る男女を見かけた。近づくのを見れば女のほうはまぎれもない妻である。連れの男は、自分と結婚する前に妻と心を通わせていた相手であった。やはり津浪に呑まれ落命した。
    声をかけると、いまはしあわせですと妻は嬉しそうに言った。残った子供らが不憫ではないのかと問うと、はらはらと涙を流した。自分もつらくなって下を向いた。

    やがて目を上げたときには、二人はもう遠ざかるところだった。しばらくあとをつけたが思い直した。もはや二人ともこの世の人ではない。あとを追ってなんになろう。

    この不思議な遭遇があってから、久しくこの人は伏せることになったという。
    どちらの話も、喜善は直話として本人から聞かされたのであったろう。

    ザシキワラシとその仲間の出没は、吉凶禍福につれ、人の運命を操るものとこの地方では思いみなされてきたのである。

    伝承の世界は荒唐無稽と笑うにはあまりにも現実と深く緊密に結びついていた。それは人々が現実とどのように向き合うべきかをおしえる偉大な知恵の倉にほかならなかった。
    現実というものが、計りがたく、恐るべきものとして、人々に心底から観念されていた時代はとっくに消え失せた。
    そうでなかったら、現実がこれほどまでに軽々しく扱われることもなかったろう。
    細手長手のさし招く襖の向こうの世界を失い、紙のように軽くなった現実を、われわれは軽々しく生きている。
    そして知らないうちに、吹けば飛ぶような軽い人間になってしまったのだ。

    柳田国男や佐々木喜善や宮沢賢治の世界に思いを馳せるたびに、かれらのファンタジーの想像力が培われた現実と人の暮らしの土壌の重量に、いまさらながら瞠目させられる。

    Donkeyfoot
    | Masahiro Tateno | 2018/10/08 3:52 PM |
    立野先生!。

    何時も有り難うございます。
    昼から「野暮用」で出かけていました。先ほど戻りましたが、パソコンが絶不調で、思ったように動いてくれません。明日の朝がチョコっと心配ですが…。
    「現実と人の暮らしの土壌の重量」ですか?。また一つ「新しいテーマ」が、迫っています。それにしても、「想像力」も、「重力」も無い世界が広がっているようですネ。
    「法隆寺の鐘の音」にも負けないような「警鐘」を、ドウゾ何時までも打ち鳴らして下さい。お願い致します。
                           豚爺拝。
    | 澤井禮道 | 2018/10/08 7:47 PM |
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