「落日は燃えているか」

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<< 2018.08.30「ニューズウィーク日本版」が伝えています!。 | main | 今日から、秋のお彼岸入りです!。 >>
大自然が見せる「優しさ」でしょうか?ネ!。
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    【今夜、南〜南西の空で上弦の月と土星が接近。日が沈んで空が暗くなってくる今夜6時過ぎから見えはじめます。特に観測しやすい時間帯は「今夜7時頃から9時頃(全国共通)」です。】、と昨日の天気ニュースが伝えてくれていましたが、何時もと同じ?「ザンネーン!。」で、深大寺では「雲のいずこに月宿るらむ」状態でしたが、皆様方のところでは、如何だったでSHOW果?ネ。

    ここ深大寺の朝は、曇りですが昨夜の雨で20℃(5時半)とチョイ寒です。皆様方の所は如何でしょうか?ネ。お互い十二分に気を付けて、元気に「安定した秋」を待ちましょう。収穫の秋・食欲の秋で、また一人犠牲になっています。これは、大自然の厳しさでしょうか?ネ。「三重県桑名市の男性(75)が自分で採ったキノコを食べて食中毒を発症した問題で県は、この男性が入院先の病院で死亡したと発表した。男性が食べたのは食用のクロハツに似た毒キノコ「ニセクロハツ」とみらる。」、とネットニュースが伝えています。前例があっても、性懲りもなく繰り返すのが、人族の「食欲と性欲」なのでしょうか?ネ。イイのがありました。今日は、産経新聞コラム17日付の「産経抄」で、不思議で異常な愚老のブロ愚では登場したことがアーリマ先祖ナーモ!。多分初めて?頂きました。「平安末期に成立したとみられる説話集『今昔物語集』に、キノコを使った毒殺未遂の話がある。吉野の金峯山(きんぷせん)に長く別当(寺のトップ)を務める老僧がいた。次席の僧が、その地位を奪うために用意したのが、毒キノコとして知られる「わたり」である。」、と「今昔物語集」のキノコ毒殺の話を紹介してくれますが、「今昔物語集」の成立は、1120年代〜1449年の間と推測されているそうですネ。コラムは続いて、「僧は別当を招き、ヒラタケと偽ってわたりの料理を振る舞った。ところが、別当に苦しむ様子はみられない。『こんな見事なわたりの料理を食べたことがない』とうそぶく始末。別当はキノコの毒にあたらない人だった、というのが落ちになっている。」、と今昔物語を披露してくれます。そうですか?。「毒に当たらない体質」が昔からあったのでしょうか?ネ。コラムは続いています。「わたりとは、ツキヨタケを指す。現在でも、誤って食べる人が後を絶たない。今月9日、日光の男体山で採ったキノコを食べた栃木県内の男女4人が、吐き気や嘔吐の症状を訴えた。「ヒラタケと思っていた」と話していることから、ツキヨタケによる食中毒の可能性が高い。確かに図鑑の写真を比べても、ほとんど見分けがつかない。▼そのほか、ニセクロハツ、ドクカラカサタケといった別の毒キノコによる被害も報告されている。国内には、3千種以上のキノコがあり、まだ、名前のついていないキノコがその3〜5倍存在するといわれている。」、と「きのこの種類」の多さにコラム子も驚いているようで、「毒の成分が分かっているのもほんの一部にすぎない。キノコの世界は奥が深い。」、と書いています。そうですか?。キノコの世界は「奥が深い」ですか?。それにしても、「政治」・「官僚」・「大企業」の「奥の浅さ」は、如何した事なのでしょうか?ネ。コラムは続いて、「9月上旬まで猛暑が続いた平成22年は、キノコによる食中毒が多発した。今年の日本列島も酷暑にあえぎ、さらに度重なる台風によって、湿り気も十分だ。秋の行楽シーズンを迎えて、要注意である。」、とコラム子は警鐘を鳴らして、「江戸後期の俳人、小林一茶は50歳を過ぎてから、故郷の信州に落ち着いた。秋にはキノコ狩りに夢中になっていた。

    化かされな茸(きのこ)も紅(べに)を付けて出た〉。一茶も毒キノコの美しさに化かされたことがあったのか。」、と一茶の句を引いてコラムを閉じています。「紅」=「吉原」でしょうか?。「化かす」は、「紅を付けた女狐」でしょうか?ネ。そう言えば17日のブロ愚にコメント下さった、立野先生のお言葉に、「秋の夜長はミステリーです。清張流とはちょっとちがい、きのうはガーネット作『狐になった奥様』を読んでおりました」、とありました。これも「女狐」ですよネ。今では世論のお叱りを受ける時代になったようですが、「男たるもの、女狐と丁々発止、だまし騙されなければ、一人前でアーリマ先祖ナーモ!」。これは今では、禁句になったセリフになるのでしょうか?ネ。そこで今日の一句ですが、

    魔女狩りが今ではヤボな言葉狩り>哲子。「セクハラだ」・「パワハラだ」・「ワイセツだ」と姦しい時代になっていますが、しかしそれが、「女性の権利的」には「小田急線」なのでしょうか?ネ。それにしても、「永田町と霞が関の言葉狩り」は、手緩いものですネ

    皆様方は、どのような一句をお詠みでしょうか?。

    皆様方の“叡智”を結集し、世界から「貧困と戦争」を一掃しましょう。「五里霧」で夢見る「永遠なる明日」を、愚老も祈念しています。デワデワ、でわ。又明日です。

    | - | 05:45 | comments(4) | - | ↑PAGE TOP
    コメント
    澤井ゼミ長!

    きょうはキノコの毒に当たって死んだ人の話ですね。
    思い出したのは『遠野物語』です。ある段に有名な話が語られてあって、やはりキノコの毒に当たった話です。山口の長者孫左衛門の家で主従郎党二十人あまりが毒キノコを食べて死に絶え、たった一人女の子だけが他家に遊びに行っていたおかげで無事だったそうです。
    この家の裏の畑に梨の木がありましたが、見慣れぬキノコがたくさん生えたので、人々が食うか食わぬかで話し合った。家の主人は毒に当たるかもしれないから食うのは止めておけと言いましたが、下男の一人が物知りで、桶に水をはって苧殻でよくもみ洗いすれば毒に当たらないと言いました。そこでそのようにしてから調理して家中みなで食したところ、人々みな悶絶してしまった。孫左衛門も例外ではありませんでした。
    これより前、この家について不思議な前兆がいろいろ目撃されていたと伝えられております。
    ある人が日暮れどきに家路を急いでいると、橋の向こうから女の子二人が連れ立ってこちらへやって来るのに行き逢いました。おまえたちはどこから来たのか と問いかけると、おらだちは孫左衛門の家から来たと答えて行き過ぎたそうです。
    ああ、孫左衛門の家もおしまいだなとその人は思いましたが、ほどなく毒キノコが一族を滅ぼしました。
    さらに、こういう前兆もありました。あるとき下男の一人が蛇の巣を見つけました。男たちは孫左衛門の制止も聞かず、面白がって寄ってたかってことごとく打ち殺してしまいました。
    この当主孫左衛門という人は少し変わり者で知られていました。庭の隅に祠を設け、油揚を置いて狐を呼び寄せるのが常でした。野生の狐がちっとも孫左衛門を怖がらず、首を撫でても逃げなかったそうです。

    さて、ゼミ長!
    キノコ、ヘビ、キツネ、長者、さらには不思議な二人の女の子、これらはみな遠野の伝説の世界にはたびたび登場いたします。
    今なればこそ新聞にもテレビにもニュースになりますが、当時は人々の口を通じて語り語られたものでした。
    わたしは遠野の人間ですが、幼少のころは遠野ではなく、笛吹峠の彼方の在にある栗橋と砂子畑という山中に祖母と二人きりで暮らしておりました。ですから、遠野の語りとは別の物語をあまた聞かされて育ちました。
    とはいえ、キツネも、ヘビも、キノコも、長者も、それに女の子のみか男の子も、語られる話のなかにはやはりかならず登場したものです。
    むかしからヘビに祟られ、キノコに当たり、キツネに化かされ、長者は没落し、男の子や女の子は神隠しに合うのが当たり前のようでした。それが、戦後の高度経済でテレビが普及したとたん、不思議の世界はあっという間に掻き消えてしまいました。

    わたしの場合も、幼少の記憶にまだうっすらとたゆたっているぐらいなものです。当時から年長の子供たちにバカにされるのがオチなので、聞いた話はあまり人にしゃべりませんでした。まして、自分が実際に経験したことなど誰かに語ろうものなら、どんなにバカにされたことか。
    今にして思えば、あれだけ目を輝かせて聞いたたくさんの話を、しっかりと記憶の倉にしまっておけばよかったのにと思います。

    きょうは毒キノコとキツネからの連想で、遠野の伝説を少しばかりご紹介しました。
    では、どうぞよい一日をお過ごしください。
    Donkeyfoot
    | Masahiro Tateno | 2018/09/19 8:39 AM |
    立野先生!。

    お早うございます。何時も有り難うございます。
    素適なお話を、有り難うございます。豚爺も、「不思議で異常な世界の物語」が、大数寄です。夢が!、愛が!あります。ガキの頃、テレビが「映画」の敵として登場して以来、テレビを受け入れられずに、その習性は強く、今では一切観ていません。テレビの時代が、人々の上から、他の娯楽を奪い「一強時代の幕」を開けたのか?、とも想っています。テレビが無ければ、「アベの三選」もなかったのでしょうか?。
    伝説の物語のタイトルが「遠野物語」、いいですね。「深大寺」でも、「札幌」でもダメでしょう。「遠野」が連想させる「遠い日の物語」が、いいのですね。
    立野先生!。秋の講座でも、チョッピリ「遠野物語」お聴かせ下さい。お願い致します。
    どうぞお元気で、御帰京下さい。お待ちしています。
                            豚爺拝。
    | 澤井禮道 | 2018/09/19 9:52 AM |
    澤井ゼミ長!

    遠野物語はわたしの千夜一夜物語にほかなりません。
    一夜また一夜、と千夜語っても尽きません。
    小学校に入ってから、隣家のお兄ちゃんが山の麓や河原に牛を連れて行って草を食べさせるのでついて行き、帰るまで物語を聞かせてもらいました。
    じつに話が上手く、聞いても聞いても無尽蔵に出てくるのです。話の倉を持っている人でした。身近にそういう語り部がいてくれたのがさいわいでした。
    のちにわたしが物語の世界にのめり込んで行ったのも、そのお兄ちゃんのお蔭だったように思います。
    7年前の津波で亡くなりましたが、懐かしい人です。

    Donkeyfoot


    | Masahiro Tateno | 2018/09/19 11:31 AM |
    立野先生!。

    有り難うございます。
    「話の倉」ですか?。今「学んで」いる「師匠」、つまり
    「恩師」も、メガバンクの貸金庫室ほどの「引出し」を持っておられるお方です。原点が、「牛飼いのお兄ちゃん」でしたか?。
    人間の基本は、「出会いと別れ」なんですね。
    「懐かしい人」を持っているとは?=「豊かな人間性」にも、つながっているのでしすね。
    「懐かしさ」と「豊かさ」を求めて、「学び」続けますので、どうぞこれからもご教授下さい。お願い致します。
                            豚爺拝。
    | 澤井禮道 | 2018/09/19 2:40 PM |
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