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「落日は燃えているか」

サワイ・ワールドのブロ愚をお楽しみください。
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今日で、「六月」もいきますネ!。
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     ここ深大寺の朝は、熱帯夜続きで愚老もグッタリの24℃(5時半)とチョコ暑ですが、皆様方の所は如何でしょうか?ネ。梅雨明けの関東では夏本番、お互い十二分に気を付けて、暑い暑い真夏の季節を楽しみましょう。「気象庁は29日、関東甲信が梅雨明けしたとみられると発表した。平年より22日、昨年より7日早い。同庁によると、1951年の統計開始以降、最も早く、6月に関東甲信の梅雨明けを発表したのは初めて。」と報が伝えていました。昨日の日中は、6〜9mの強南風が吹いて、大都会の汚辱を一気に吹き飛ばしてくれたような、「出藍の誉れ?」とでも言いたいような、「天高く人?肥ゆる秋」のような、青空が広がって最高気温は連日の30℃超えで、不思議で異常な愚老もグッタリの「カエルの湯あみ」の暑さになっていますが、食欲だけは十分の愚老で、<食べ過ぎよ部屋入りしそうなお腹抱えて>哲子。(注、句の「部屋入り」は=相撲部屋)と思わず飛び出す「食欲の句」です。それにしても、立野先生の舞台は、それはそれは『』イイ!でーす。しかし、不思議で異常な愚老が知っている日本語をいくら並べても、なぜか?「隔靴掻痒」の感が深かったのですが…。イイのがありましたので、頂戴しました。山形新聞昨日のコラム「談話室」です。「グラスウェンという名詞がある。ウェールズ語で、直訳すれば『青いほほ笑み』とか。」とウェールズ語で始まったコラムは、「ウェールズは英国の西部に位置し、先住のケルト民族ゆかりの言語が残る。グラスウェンは要するに、あざ笑うような態度を指す。」とウェールズとその言語を紹介してくれます。コラムは続いて、「『翻訳できない世界のことば』(エラ・フランシス・サンダース著)に載っていた。」と「物知りの玉手箱」を明かしたコラム子は、「この語から、あの方を連想してしまった。講演で先頃、30代前半までの若者層の自民党支持に触れ『一番新聞を読まない世代。読まない人は全部自民党だ』と述べた麻生太郎財務相である。▼▽安倍政権を批判する報道への不満を漏らしたらしいが、昨今はこれに限らず麻生氏による新聞批判が目立つ。当方のような身からすれば記者をあざ笑った発言にも感じるが、逆に麻生氏の立場では新聞から常に『青いほほ笑み』を向けられているように見えるということか。」と鋭く問いかけたコラム子は、「政権の矛盾や隠蔽(いんぺい)体質を批判することはもちろんある。でも、それもこれも社会がこの先良い方向に進んでほしいからだ。」と書き進んだコラム子は、「先の本では『メラキ』というギリシャ語も紹介する。何かに自分の魂と愛情を注ぎ込む様子を表すという。新聞もつまり、そういうことなんです。」とコラム子の新聞への愛情を書いて、コラムを閉じています。そうですか?。「メラキ」ですか?。最後はギリシャ語だそうで、「何かに自分の魂と愛情を注ぎ込む」ですか?。イイですネ。これです!これ…。この言葉が欲しくて、つまり、コラムの最後の言葉、「新聞もつまり、そういうことなんです。」の「新聞」を=「立野先生の舞台」と置き換えて頂きたくて、このコラムを頂戴しました。最高でーす!。この言葉…。ヤッパリ「言葉は、ゲンバクよりも強し」でしょうか?ネ。立野先生がお教え下さった、「山頭火と放哉」も、強い言葉=俳句?を持っていたから、今でも「人々の心の中に“生きて”いる」のでしょうか?ネ。立野先生の資料のいの一番にありました、

    このみちや いくたりゆきし われはけふゆく>。不思議で異常な愚老の83年間の放浪も、「“いくたりゆきし”道」です。山ふかくして白い花>山頭火。との句もお教え頂きましたが、愚老のパクジィでは、<霧ふかくして紅い花>豚爺。

    畏れ多くも、立野先生と愚老のたった一つの共通項は、「紅い花」でしょうか?ネ。そこで今日の一句は、

    虞美人草土饅頭にも咲いた花>哲子。となりましたが、自決した「虞」を惜しんで「楚」の兵士たちが、土饅頭に埋めて「真っ赤な花を供えた」との史実が、あの花を「虞美人草」と名付ける由来になったそうですが…。皆様方ならドンナ一句をお詠みでしょうか?ネ。皆様方のお“覚悟”で、この大地から「貧困と戦争」を消滅させましょう。愚老も願って祈っています。「五里霧」の中で夢見る「永遠の明日」を信じて…。又明日です。デワデワ、でわ。

    | テッツァマ | - | 05:45 | comments(2) | - |
    コメント
    澤井ゼミ長!

    日も月も変わってしまいましたが、こちらへ書き込みさせていただきますよ。
    きのうは虞美人草のことをお書きでしたね。
    「虞美人草土饅頭にも咲いた花」ですか。
    ちょうどわたしも親しい友人に宛ててメールをしたためていましたが、やはり虞美人草のことを書いておりました。もっとも通常の呼び名の雛罌粟(ヒナゲシ)としてですが。
    この友人に宛てて数日前にわたしが自作の詩を送ったところ、『中世の巡礼者たち』という本に描かれる巡礼の旅を連想させられたという返事をもらいました。それで次のようなメールをふたたび書きました。

    「Kさん、レーモン・ウルセルの『中世の巡礼者たち』を思い出してくれたとは。わたしにとってこんなうれしいことはありません。あの本は懐かしい本です。そして、おりに触れて読み返したくなるわたしの真の愛読書でもあります。
    巡礼者というものの原型的な姿を、あの本ほど鮮やかに浮かび上がらせてくれるものはほかにはありません。
    わたしがとくに好きなのは、スペインのテルエルからスイスの谷間へやって来た巡礼者について語ったくだりです。
    ローマを目指す一人の巡礼者がスイスの谷の村人に別れを告げて旅を続けますが、春になって村人が山の牧場に出かけてみると、見たこともない花が咲き乱れていて、そのなかにあの巡礼者が眠るように死んでいたという物語です。
    ときどき、わたしは自分の最も憧れる死のイメージとして、あの物語を想起するのです。けっしてかなえられはしないと分かっている。にもかかわらず、ちょうど西行の歌にあるように、願わくは花の下にて春死なん、と思うのです。西行の場合は奇跡が起こって望みがかない、釈迦の入滅の日とたった一日ちがいの日にこの世を去りました。西行が好きだった桜の咲く季節でした。
    わたしが願望するのは桜よりも雛罌粟の季節に死ぬことですが、残念ながらこれは実現しそうにありません。だから、ただの願望に終わるでしょう。それでも、願望をイメージとして思い描くのはわたしの勝手な楽しい空想です。」

    近藤弘明という日本画家が好んで描いた絵に、広い谷間に不思議な花が一面に咲いているという図があり、ひところしきりに画集に見入ったものです。
    花はそれぞれの絵によって種類がさまざまで、ある作では白い蓮のようにも見え、別の作では黄色い菊のようにも見え、また海月のように半透明の花びらもあり、空は空で蒼く深海を思わせるのもあれば、薄い絹のような雲が宙に浮かんでいるのもあり、巨大な満月が谷間の向こうに沈みかけているのもある……。
    そのなかに、まるで紅蓮の炎が燃えているかのように、赤い花がびっしりと谷間を埋め尽くしている一枚があるのです。それを罌粟つまり虞美人草と見ていいかどうかは定かではないのですが、幻想的で、非常に印象的であることは確かです。
    花から花へ蝶が舞っている作もあります。よく見るとその蝶が蝶ではないのです。羽根は蝶の羽根だけれども、妖精のように人の姿をしていて、しかも両手を合わせている。しばらく見つめていて、ああ、これは観音の姿をしている、と思い当たりました。

    雛罌粟が咲き乱れるような景色なら、山の斜面でも広い谷間でも望むところですが、まあ、空想の域を出ないものと思わなければならないでしょう。
    この空想がわたしの頭のなかに住み着いてから、もうかれこれ40年たちます。そのむかし虞美人を愛した項羽のことはいざ知らず、雛罌粟へのわが愛着はいよいよ深くなるばかりです。

    Donkeyfoot
    | Masahiro Tateno | 2018/07/01 4:54 AM |
    立野先生!。
     
    おはようございます。何時も有り難うございます。
    「朝に弱い」はずの先生が、この時間ですと、徹夜でしょうか?。
    「朝寝」も健康の秘訣、と言われる時代です。どうぞお気を付け下さい。
    「雛罌粟」への愛着ですか?。豚爺も「真っ赤な一輪の花」に恋をしてもう40年を超えています。それでも、豚爺の「その瞬間の願望」は、「スズランの群生地」でした。その地で「眠ったら三途の川を渉る」と言われていました。今では「どこでもいい」ただ「ピンコロ」であれば、と思っていますが…。
    どちらにしても、その瞬間までは「学んでいたい」と考えていますので、どうぞこれからも、ご教授下さい。お願い致します。
    | 澤井禮道 | 2018/07/01 6:05 AM |
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