「落日は燃えているか」

サワイ・ワールドのブロ愚をお楽しみください。
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<色々な事ども想う彼岸かな>でしょうか?ネ!。
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    【当然の事、立野先生から頂いたお写真を掲載したいのですが、スキャンしても愚老のブロ愚への「コピペ」が出来ませんので、パソケンから無断使用です。遠野市の河童渕の写真。素適です。一度はお訪ねしたいところですネ。】

    ここ深大寺の朝は、曇りで8℃(5時半)とチョイ楽です。昨日は昼から少し暖かくなって桜が咲いてきました。皆様方の所は如何でしょうか?ネ。いよいよここ深大寺の桜も見ごろになってきます。お互い十二分に気を付けて、元気に桜の季節を楽しみましょう。21日のお彼岸の中日、昼前から降り出した雪は、一瞬「大雪に?」と心配もしましたが、お隣の家の屋根や、駐車場の車の屋根に少し積った程度で直ぐに雨に変わって、「なごり雪」とサンチョ大神のメールが教えてくれていました。その後は雨が降り続いて、夜半つまり22日の早朝にかけては、北風が吹いて部屋を揺すり、「すきま風」となって布団の中で震え上がっている「弱寒83歳!」でしたが、まどろみの中で「すぎ様」こと杉良太郎さんが歌って大ヒットした「すきま風」の歌が、不思議で異常な愚老の自脳を独り占めしていました。いではく作詞、遠藤実作曲でしたネ。

    夢を追いかけ 夢にこころとられ
    つまずいて すきま風 見るだろう
    いいさそれでも 生きてさえいれば
    いつかほほえみに めぐりあえる
    その朝おまえは 野菊のように
    道のほとりに 咲いたらいい

    立野先生が以前、お教え下さった「Just feel」は、「感じるだけでイイ」でしたネ。この歌では、「すきま風が見える」となっていますが、それも又イイですネ。「野菊のように咲いたらいい」もイイです。雨の音と、すきま風の寒さと、風が叩く戸の音との「三本立」、昔むかし故郷の映画館で、アンコール上映の映画を安く「三本立」で、封切映画の「すき間」を埋めていたものです。お彼岸です。「懐かしさ」も含めて、寒さに震える不思議で異常な愚老の自脳に、「そうか?、部屋の戸を叩くこの『すきま風』は、彼岸へ渡らざるを得なかった人々の悲鳴なのだ。」とまどろみの自脳が認知を始めていました。「遠野物語」の河童になった“たくさんの子供達”、“たくさんの母親達”、又「グレンコーの虐殺」で亡くなられた人々、旅の僧が五百羅漢に彫りこんだ人災害で亡くなられた人々の悲鳴が、心残りが、北風に乗ってオンボロアパートの戸を「叩いていた」、と信じ始めていたのは、北風と季節外れの寒さのせいだったのでしょうか?ネ。

    立野先生が11日の愚老のブロ愚に下さいました「詩」に、「Seize the day(今を生きる)」とありました。イイ言葉ですネ。バスに乗っても、電車でも、「Seize the day」のお顔が見られません。そんな時代に、活かされて与えられて「Seize the day」が出来る、昨日の早朝北風が叩いた戸の音色は、「その幸せを【Just feel】せよ!」だったのでしょうか?ネ。それにしても、人族の宿命たる「生老病死」の何と悩ましい事なのでしょうか?ネ。生き続けるのも大騒ぎ、老いるのも大騒ぎで、病になっても大騒ぎ、そして死ぬ時も大騒ぎです。この邦では、終末医療が、医療費の高騰から問題になっています。「医療費の高騰」などと「経済面からの考察」では無く、「人間的」「宗教的」にも、考える必要があるのではないでしょうか?ネ。生体移植用の臓器摘出も、「本人の承諾」という「自己責任」で、いわば「善意の強要」で「放置」される「放置国家」です。最近伝えられたイギリスでは、「『生体移植用の臓器摘出』は、『生前の拒否』が無ければ『提供承諾』と“みなす”。」がイイですネ。そろそろ、永田町・霞が関だけでなく地方行政も含めて、「人間の生活とは不可分の“生老病死”」を論じなければならないのではないでしょうか?ネ。その基本論争が無いので、「モリカケスパコンの末端疑惑」程度で、「国会」が機能不全状態になっても、この邦の民の多くは、「ドッチラケ」が続いているのではないでしょうか?ネ。そこで今日の一句は、<永田町発の低温注意報>哲子。それにしても、毎年よ彼岸の入(いり)に寒いのは≫。正岡子規の作とされていますが、この句には前書きがあり、「母の詞(ことば)自ら句になりて」とあるそうですネ。と俳人は「母上の詞」まで句になるのですネ。不思議で異常な愚老なら、「句にならず、苦になります。」でしょうか?ネ。そう言えば、今日は愚老の「亡き母の月命日」でした。昨日の早朝の戸を叩く音は、「母の囁き?」であったのでしょうか?ネ。

    皆様方は、ドンナ一句をお詠みでしょうか?ネ。

     皆様方の「優しさと祈り」で、この「生命の星」から「貧困と戦争」を一日も早く除去したいものと、愚老も強く祈念しています。「五里霧」の向こうに見える「永遠の今日」を信じて…。デワデワ、でわ。又明日です。

    | - | 05:45 | comments(2) | - |
    澤井ゼミ長!
    びゅうびゅう吹きすさぶ北の風の音、わたしも22日夜半に聞いておりました。
    物寂しいような、懐かしいような、自責の記憶がよみがえらずにはいないような、そういうもろもろの思いを掻き立てられながら、しばし耳をそばだてて聴いていました。
    このところ、締切に追い立てられながら、立て続けに二本の原稿を書いておりました。どちらも16世紀のネーデルラントの画家についてのものです。一人はピーテル・ブリューゲル、もう一人はヒエロニムス・ボス。ものすごい絵を描いた巨匠たちです。かれらの絵を見ていると、百鬼夜行という言葉がおのずと思い浮かびます。確かにこの世ならぬ奇妙きてれつな生き物がぞろぞろと出てきて、画面にひしめいています。
    けれども、それを空想、奇想の類いと考えたらまちがうでしょう。かれらは自分たちの生きている現実を見ていたのです。その並外れた透視能力が現実の仮面をひっぱがして、われわれが実際にはどういう現実世界を生きているかを如実に描き出しました。
    まるでかれらは現代の日本にも来たことがあるのではないかと思われてなりません。われわれはまさに百鬼夜行の世界に生きています。政治も経済も、生活万般がグロテスクな終末の様相を呈しております。テレビその他のメディアに出てくるのは、どいつもこいつも胸くそがわるくなるような連中ばかり。下品で性悪な本質がそのご面相にすっかり現われています。
    いにしえの巨匠たちは、いつの世も変わらぬ人間の本性を、あやまつことなく見抜いていたのだと、かつて英国の詩人が「美術館」という詩に書きました。それが時あたかも第二次大戦前夜のことです。わたしが引用した部分をご紹介しましょう。

    いにしえの巨匠たちは過つことがなかった。
    かれらはよく知っていた。
    人間にとって受難がどういうものであるかを。
    当事者でない者は食事をしているところだ。
    あるいは窓をあけようとしているところだ。
    あるいはのんびりとそぞろ歩きの最中なのだ。
    それが起こるとき。

    これは初めの部分です。それが起こるとき、われ関せず、他人事、無関心、ゼミ長の言われる「三感」の正反対が、われわれの社会にもますますはびこっています。沖縄の基地建設しかり、日本各地の原発しかりです。

    この社会に吹く風のなんといたずらに寒々しいことでしょうか。なんと耐えがたく生臭いことでしょうか。
    それに比べると、北の風の厳しいが凛とした品格は、人々の魂を奮い立たせ、非情さに立ち向かう勇気を内部に育むのです。

    シェイクスピアの『マクベス』の冒頭に三人の醜い魔女が登場して、まずこう言います。
    「なにか邪悪なものがこっちへやって来るわい」
    すると、現われるのはマクベスとその配下の者です。マクベス、やがて王の寝首を掻いて自分が王であると称することになる男です。
    しかし、現在のわれわれが目撃しているのは、すでに到来して久しい邪悪なものたちの群れにほかなりません。
    たとえば国会はまさに魔女たちの大釜にも似て、なかはヒキガエルやヘビ、イモリやネズミ、ゲジゲジやミミズでいっぱいです。見るもおぞましいかぎりです。
    しかしそれが、シェイクスピアが現われるよりも一世紀も前の、ネーデルラントのありさまにほかならなかったわけです。

    ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルの絵は、どんなに悲惨でグロテスクな印象を見る者に与えようと、現実の底を大胆にも見据えようとする芸術家の勇気ある魂と志の高さが画面にみなぎっています。
    われわれも、せめて500年先を念頭に置いて考える度量を持ったならば、巨匠たちの三感をいくぶんかでも身につけられるのではと思うのですが。
    Donkeyfoot




    | Masahiro Tateno | 2018/03/24 6:15 AM |

    立野先生!。
     
    お早うございます。
    お忙しい時間を割いて、今日も「お教え」有り難うございます。
    「朝に弱い」と仰せの先生が、この早朝です。昨夜も徹夜だったのでしょうか?。ドウゾお身体お気を付けください。
    今日の「お教え」も、何度も読み返して、マタマタ「生きる元気」を頂いています。本当に有り難い事です。
    この邦では、「三人の魔女」の台詞に続いて登場するのは、誰になるのでしょうか?。誰にしても「悪党顔」が並んでいます。
    立野先生。もう直ぐお逢い頂けます。ではなく講座に出席させて頂きます。楽しみにしています。どうぞこれからも変わらず「お教え」下さい。「学ばせて」頂きます。
    | 澤井禮道 | 2018/03/24 6:57 AM |










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