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2018.02.28 Wednesday

立野正裕先生の最新コメントです!。

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    fukujyusou-nanten-ic3

    澤井ゼミ長!

    お変わりありませんか。
    いつものことながら、今年も花の季節を迎え入れるころあいになったと同時にアレルギーの対策も必要となり、やや風情に欠けるきらいがありますが、部屋にこもっているぶんには差し障りはありません。
    沈丁花の薫り、いいものですね。
    亡母が花が大好きでした。山野草、灌木、喬木、その他花をつける ものはなんでも庭に植えて、年じゅうなにかの花が庭のどこかに咲くように気を配っていたものです。北国ですから沈丁花はまだ時期尚早ですが、クロッカスや福寿草、それに水仙などが根雪を突き破るようにして姿を現わしたところかもしれません。


    このところ、ゼミ室はうかがうだけですが、
    毎日拝見していることに変わりはありません。一月から二月にかけて、わたしは主として二つの仕事に従事しています。
    一つは四月から始まる講座のため、西行や芭蕉の歌や句を読み、紀行や解説書などにも目をとおしています。
    二つ目は、むかし三十にもならないころに書いた自分の文章を、整理しながら読み返しております。古代ギリシアと西ヨーロッパを舞台にして、たくさん文章を書きました。そのころから、若者の時ならぬ死つまり夭折ということに自分が深く関心をいだいていたものと見えます。
    しかしもちろん当時は、古稀を過ぎたら自分の目に夭折がどのように映るかということまでは、とうてい考えが及ぶはずもなく、たとい考えても想像が追いつくはずがありませんでした。
    夭折せずに生き延びてこの年になり、きのう戸籍の上での誕生日で七十一歳とあいなりましたが、格別なんの実感もなきことに、われながら少々驚いています。
    とはいえ、若書きの文章を読み返して思うことは、巧拙は別として、二度と書けないなにかが行間にみなぎっているということです。つまりそこにはまぎれもない「青春」があるのです。
    死について書きながら生があふれています。
    いまならどうでしょう。生について書いていながら、そこはかとなく死がにじみ出ているのでなければさいわいです。
    しかし、わたしはどうしてか、若いときから死についてばかり書いてきました。いまになって死に取りつかれたわけではないのです。
    西行や芭蕉に思いをめぐらせていても、かれらの今生の覚悟のありように注意が向かいます。
    いっぽう、古代ギリシアの壮麗な文化の根底には、おそろしい無気味な暗黒がわだかまっています。生きることの無意味さと、それに耐えて生きる生存の苦痛を、かれらはよく知っていました。
    人間は生まれてこないのがいちばんのしあわせ、いったん生まれてきたなら出来るだけすみやかに早死にするに越したことはない、なぜならこの世は苦しいことばかりだから、という悲観的な死生観がいたるところで表明されています。
    われわれの生老病死と同じ人生観がギリシア文化の根底にもあったのです。
    にもかかわらず、あのように人類史を高く突き抜けるような輝かしい創造的エネルギーが、かれらの魂の内側からほとばしり出ました。驚くべきことです。畏怖せずにはいられないことです。
    当時はまだギリシアに行ったこともないのに、翻訳でプラトンやアリストテレスを読み、ギリシア神話や悲劇や叙事詩の傑作を読み、写真で神殿の遺跡や大理石の彫像を眺めながら、ただもうため息をつき、憧れを募らせるばかりでした。
    亡母が草花の美しさや樹の見事さをしきりにほめたたえるのを、息子は馬耳東風に聞き流していただけです。まして西行も芭蕉も眼中にありませんでした。
    人間の創造力の頂点は二五〇〇年前のギリシアにあると思い込んだまま学生時代を過ごしました。
    少しあとからイタリアのルネッサンスが視野に入ってくることになり、さらにまた少しあとに中世ゴシックの文化も視野に入ってきましたが、いずれにせよ人間の創造力に対する賛嘆と崇拝の念は、長くわたしの精神の支柱にほかならなかったのです。

    しかしここ数年、というかこの十年ほどのあいだに、人生の節目となる出来亊にいくつか遭遇し、それがきっかけとなったのでしょうか。目が内側にも向いてきたようです。
     かたやギリシアやヨーロッパに、かたや日本に、同時に二つの方向に関心が向くようになりました。
    人生の長い壮年期を終わり、今年からは後期の第一段階へ突入したところと申してもよいかもしれません。
    その後期第一段階の最初の仕事が、三十歳前後に書いたものをまとめることです。四十年前の自分との対話というわけです。

    立野正裕

    このメールはきのうの朝にお送りするつもりでしたが、文言を手直ししていたので遅くなりました。というわけで、ほんとうはきのうの日付けとなるはずだったコメントです。2018 02/28 01:52.

     

    立野先生のコメントを久し振りに頂きましたので、嬉しさのあまりブロ愚で公開させて頂きました。愚老のブロ愚をご愛読下さいます皆様方も当然の事、立野先生のコメントを心待ちにされておいででしょう。今日は十二分にご堪能頂けますネ。有難い事です。ちなみに今日のイラストは「福寿草」で、パソケンによりますと花言葉は「幸せを招く』『永久の幸福』は、古くから縁起のよい花とされてきたことに由来する。」、又「フクジュソウの花言葉属名のAdonis(アドニス)は、ギリシア神話で猪に殺されてしまった美少年アドニスの名に由来。花言葉『悲しき思い出』はそれにちなむといわれる。」ともありました。立野先生の「ギリシャ神話講義」も、何時か又お教え頂きたいもの、と立野先生への勝手連子路のお願いですが…。そこで今日の一句です。

    厳しさに耐えて雪割る福寿草>哲子。「勝手連」ながら「生涯の“師”」を得る事の出来たこの冬、不思議で異常な愚老のブロ愚UPの時間を05時45分と決めたのは、朝に弱い愚老の「覚悟」でしたが、幸いにも今日まで続けることが出来ました。毎朝同じ時間に御愛読下さる皆様方のご支援にも、「感謝」の二文字です。皆様方は、ドンナ一首をお詠みになられましたでしょうか?ネ。

     皆様方の祈りで、地球上から「貧困と戦争」の無い世界が、一日も早く実現しますように愚老も強く祈念しています。500年の向こうに見える明日を信じて…。又明日です。デワデワ、でわ。

    コメント
    澤井ゼミ長!

    福寿草にちなんでアドニスの名前が出てきました。またしても半ば偶然、半ば必然といった感じを禁じ得ません。
    なぜなら二十代後半から三十代の初め、わたしの第一の関心はまさしくアドニス青年の運命に向けられていたのでしたから。ギリシアローマ神話のなかでも、「悲しき思い出」という花言葉に象徴されるように、アドニス夭逝の物語はことのほか印象深いものです。
    この神話の思い出から、のちにわたしは赤いひなげしの女神の物語を調べ、一つの論文を書きました。「罌粟の女神を尋ねて」という題で次の拙著の巻頭に出るはずです。どうして福寿草ではなく雛罌粟なのかは話が長くなりますから、ここでは割愛しなければなりません。しかもパンジーが関係してきます。
    アドニスの神話をよく読むとお分かりになりますが、猪に突き殺されたアドニスの周囲には、いましも白いパンジーの花が群生をなして咲き誇っていました。アドニスを愛するヴィーナスがパンジーにまじないをかけ、こののちお前たちは紅の色の花を咲かせよ、わたしの悲しみの思い出のために、と言ったのです。
    しかし、わたしは大胆にもその花をパンジーではなくじつは罌粟であろう推測し、論文を書きました。実際に確かめるため、フランドルに出掛けました。フランドルの青々とした小麦畑に群生する真っ赤な雛罌粟を写した見事な写真を見たからです。ところがわたしがフランドルで目にしたものは、赤い雛罌粟もさることながら、それ以上の数かと疑われる真っ白な墓標の群れだったのです。
    ゼミ長、わたしが赴いた先は、第一次大戦の激戦地跡にほかなりませんでした。いまは小麦畑に復していますが、100年前の激戦で陣没した将兵数千数万の墓地が、わたしの目の前にありました。それは文字通り現代の夭折を余儀なくされた若いアドニスたちのついのすみかでした。
    以来、わたしは自分の研究の主要なテーマを戦争に置き、現在に至っております。
    ちなみに、アドニスを殺した猪というのはアレスつまりマルスの仮の姿。愛の女神ヴィーナスに愛された美青年アドニスに嫉妬して殺害に及んだのです。アレス、マルスは軍神、戦争を好む神です。愛を妬み戦争を好む神ゆえに美と青春を憎んだのです。かくて現代にも通ずる古代の神話の奥の深さがうかがわれるようではありませんか。
    donkeyfoot
    • Masahiro Tateno
    • 2018.02.28 Wednesday 07:14
    立野先生!。
     有り難うございます。アドニスについても、早速ご応答頂きありがとうございます。
     先生の干支も「猪」でしたが、貪爺も「猪」です。
     パソケンしていましたらこの「猪」が気になりましたので、お願いになっていました。畏れ入ります!。
     先生もあの時間から想像しますと、お休みにはならなかったのでしょうか?。             貪爺もブロ愚をUPしてバタンキューでしたので、このお返しコメントが遅れてしまいました。ドウゾお許し下さい。
     立野先生、ドウゾこれからも貪爺の「学び」、宜しくお願い致します。
    • 澤井禮道
    • 2018.02.28 Wednesday 10:59
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