「落日は燃えているか」

サワイ・ワールドのブロ愚をお楽しみください。
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宮沢賢治「永訣の朝」も、素晴しいですネ!。
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     昨日の夕食後に31日付の愚老のブロ愚の下書きをしようと、ブロ愚を開いてアクセス数を見ましたところ、17時台にほぼ何時もの一日分ほどのアクセスになっていました。立野先生のお言葉がコメント欄に、「粗衣粗食人肉嗜食暖衣飽食鯨飲馬食=太平洋戦争(欲しがりません勝つまでは)戦争末期(『野火』の飢餓地獄の世界)戦後復興(朝鮮特需に典型的に現われた対岸の火事を横目に漁夫の利を貪ったさもしさ)現代(懲りない浪費、さながら没落前のローマにさも似たり)」。不思議で異常な愚老は、「現代警鐘」と「学ばせて」頂きました。続きのコメントもあり、「正確を期すべきでした。ローマになぞらえられるべきは日本ではありませんね。アメリカ合衆帝国のほうですね。日本は現在その帝国の属国の一つにすぎないのでした。」と念を押されています。不思議で異常な愚老の、最高の「学び」をさせて頂いています。有難い事です。ここ深大寺の朝は、晴れて−4℃(5時半)とドッ寒ですが、皆様方の所は如何でしょうか?ネ。寒さはマダマダ続くようですが、お互い十二分に気を付けて、元気に極寒の季節を楽しみましょう。ご縁があって、邂逅があって、82年間の憧れが叶って「勝手連“子路”」になれた事は、愚老のブロ愚をご愛読下さる皆様方は先刻ご承知です。八十路のロマンとして開けた「人生の扉」、この度は「文学の扉」を開けさせて頂いた事も皆様方はご承知です。そうでなければ「パス」していたコラムがありましたので、それを今日は紹介させて頂きます。龍馬の故郷、よさこいでお馴染みの高知新聞29日付の一面コラム「小社会」です。「あれは高校生のころだったろうか。わが母校の教壇に教育実習生の女性が立ち、宮沢賢治の『永訣(えいけつ)の朝』を朗読した。」とノッケから賢治さんの「詩」で始まったコラムは、「死にゆく妹トシとの永遠の別れの情景を描いた詩である。『あめゆじゅとてちてけんじゃ』(雨雪を取ってきてください)。トシに頼まれた賢治は、碗(わん)によそってきて食べさせる。妹は兄を心配させまいと『おらおらでしとりえぐも』(私は一人で逝くよ)と覚悟を口にする。」と賢治の詩を紹介してコラム子は、「情感のこもった朗読だったが、東北弁のイントネーションに生徒からは笑いが漏れた。実習生は東北出身だったかもしれない。そのときに浮かべていた何とも言えない悲しげな表情を思い出すと、今も胸がちくりと痛む。」と当時を振り返ったコラム子ですが、「賢治と同じ岩手出身、若竹千佐子さんの芥川賞受賞作『おらおらでひとりいぐも』。夫と死別した高齢の女性が、喪失感に向き合う姿を東北弁を駆使して描いた。」と一転新しい芥川賞受賞者を紹介してくれます。その上で、「『方言には素の私が表れる。最古層の私そのもの』と若竹さん。心の奥底にはさまざまな感情が埋もれて、積み重なり、いくつもの層をなしている。それを掘り起こして解読しようとすれば確かに、使い慣れた方言ほど最適な『道具』はあるまい。」と書き綴ってコラム子は、「方言は最適な道具」と規定していますが、そうですか?。言葉は「道具」だったのでしょうか?ネ。ですから、国会では言葉を道具並みに乱暴に扱うのでしょうか?ネ。コラムは続いて、「人の一生を色と四季を組み合わせて『青春』『朱夏』『白秋』『玄冬』。63歳の若竹さんは青春小説ではなく、玄冬小説を目指すという。」と若竹玄冬を引いて、「方言の魅力に無頓着だった青春の未熟さ。それに気づかせてくれるのも玄冬小説の味わい深さだろう。」とコラム子の忖度を書きコラムを閉じています。そうですか?。「玄冬」ですか?。「玄」をパソケンしますと愚老お気に入りがありました。「老子》第1章に〈玄のまた玄,衆妙の門〉とあるように,存在の根源にある幽遠にして神秘的なものを表す。色として黒。それは〈天地玄黄〉といわれるように本来天の色。また《老子》の〈無〉に基礎をおく魏・晋の哲学は〈玄学〉とよばれた。」とあり、祖先を同じくするお隣の歴史からくるものは、イイものですネ。それにしても不思議で異常な愚老が気になった、宮沢賢治さんの「永訣の朝」を読んでいますが、その一部を紹介させて頂きます。

     

     わたしたちがいっしょにそだってきたあいだ

     みなれたちやわんのこの藍のもやうにも

     もうけふおまへはわかれてしまふ

     Ora orade shitori egumo

     ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ

     

    立野先生を「師」と仰いでいなければ、終生目にもしない賢治さんの「永訣の朝」です。不思議で異常な愚老が産まれて初めて「遊学の為」に東京住まいになった時は、「hyozungo 以外の言葉はinakappe」でした。「それでネ、あれでサ」と「ネサ言葉」を連発していましたが、「ネサ言葉」は金沢弁と言われて後日使わなくなった事を思い出しています。それにしても、上から下まで日本語全体が乱れているようですが、不思議で異常な愚老の気になっているのは、この邦の指導者たちの「髪の乱れ」です。「髪(神)の乱れは、心の乱れ」でしょうか?ネ。そこで今日の一句です。<学びとて扉あけたらビックリ箱>。物心ついてから「読書をしない」理由に、「読書は不要」との「無知無謀」の結論に頼ってきました。「ビックリ箱」には、「学びなさい!」との古文書?が入っていました。皆様方は、ドンナ一句をお詠みになられましたか?。

     皆様方の祈りで、「“貧困と戦争”の無い世界」が実現しますように愚老も祈念しています。500年の向こうに見える明日を信じて…。又明日です。デワデワ、でわ。

    | テッツァマ | - | 05:45 | comments(2) | - |
    澤井ゼミ長!

    不思議な偶然ですね、昨晩わたしも夕食後のひととき、宮澤賢治の特集番組を見ておりました。数年前に録画した番組ですが、消去せずそのまま保存しておいて、ときどき見るのです。下らぬ番組があまりにも氾濫しているので、精神衛生を保つ必要があり、そのため良質の番組を何本か保存してあります。その一本が賢治さんに関する番組というわけです。

    番組を見たあとで、しばしわたしも物思いにふけらないではいられませんでした。

    妹のトシさんの夭逝に耐えられず、賢治はトシの魂を追いかけて旅をしました。ずっと北の北海道の、そのまた先の樺太まで。つまり当時の日本の果てまで足を伸ばしました。トシの魂が天にのぼって星になり、星座になり、白鳥座になったと賢治は考えたのです。
    星座に詳しかったので、白鳥座がそのときちょうど北へ移動して行くことを賢治は思い出しました。追いかければ樺太までのどこかできっと追いついて思いが届く。トシの魂と語り合える、と信じて出かけたのです。こうして日本の果てまで追いかけましたが、トシからの答えはありませんでした。
    こののち、こんどは三陸沿岸を北から南へ旅をしますが、やはりトシにめぐり会うことは出来ませんでした。
    しかし、トシを思う気持ちは消えず、それどころかその気持ちが昇華されて天に駆け上りました。そしてとうとう、あの絶唱とも言うべき「銀河鉄道の夜」を生むことになりました。何度も推敲を重ねますが物語は仕上がらず、未完のままで賢治はこの世を去りました。
    ですから、銀河鉄道は今でも賢治を乗せたまま、東北の夜空を走り続けているのです。

    Donkeyfoot

    | masatateno | 2018/01/31 7:02 AM |
    立野先生!。
     お早うございます。有り難うございます。
     先生!、昨日の御来訪者が大大台で、今朝も7時現在で 
     大台を超えています。凄い事です。有難い事です。
     全国の「閑古鳥」が、門前仲町に集まっているせいで笑
     果?。そんなはずはアーリマ先祖ナーモ!ですか?。
     それにしても、兄弟で夜遊びの報いで証価?。宮司ともあろ
     う人達です。「愚烏餌」だったのでしょうか?。
     それに比べて、賢治さんとトシさんの兄妹は、「兄弟の鏡」
     のようですね。
     「銀河鉄道の夜」は、ある意味トシさんの「鎮魂歌」だった
     のでしょうか?。遅ればせながら、貪爺も読んでみたいもの
     です。
     先生。ドウゾこれからも「御教授」お願い致します。
                          貪爺拝。
    | 澤井禮道 | 2018/01/31 9:22 AM |









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