「落日は燃えているか」

サワイ・ワールドのブロ愚をお楽しみください。
沖縄慰霊の日に、「自作の詩」を朗読した相良さんの「作文」です!。
0

     立野先生が昨夜メールでお送り下さった、あの日6月23日の「沖縄慰霊の日」に、「自作の詩」を朗読された“相良倫子”さんの去年の作文だそうです。立野先生がお送り下さった原文は、「縦書き」でしたが、お許しを頂いて「横書き」で全文そのまま掲載させて頂きます。どうぞお読み下さい。「沢山の方々にお読み頂きたい。」、との立野先生の御意志でもありますので、どうぞ宜しくお願い致します。FBをお持ちのお方には、「シェア」もお願い致します。

    第二十六回「児童・生徒の平和メッセージ展」作文部門中学校の部 最優秀賞

       

        私の平和宣言書

                 浦添市港川中学校一年  相良倫子

     

    「戦後七十一年」一口に人は言う。「もう昔のことよね」まるで自分達には関係のない絵空事の如く、戦争を捉える。

    「私はその中に生きる、一中学生だ。私も戦争に関して、過去の日本の失敗、くらいの定義と、戦争は「悪」だ、程度の認識しかもっていない。そして、そんな私が、現代の中学生の一般的、ノーマルタイプだと考える。

    今、戦争に対して、どのように学び、どのような意見を持つのか、堂々と語ることは、タブーになりつつあるような気がしてならない。政治が大きく変わり、教育が変わり、人が変わり始めた今、戦争そのものが以前と違ったグレーなものとして、 私達の認識にあることは否めない。そして私は強く思う。もっと堂々と戦争について学び、毅然とした意見を持てる人間になりたい、と。あの太平洋戦争は何だったのか、沖縄戦はどんな意義があったのか、きちんと考えをもてる人になりたい、と。

    私には、今年九十五歳になる曾祖母がいる。最近、腰が曲がり、出歩くのもままならなくなった彼女は、週に三度のデイサービスとマクドナルドのハンバーガーをこよなく愛する。時々マックを手土産に会いに行けば、笑顔で私を迎え、デイサービスで作った工作や、その写真を見せてくれたり、私のかばんに二袋くらいののど始やお菓子をこっそり忍ばせてくれたりする。彼女とすごす時間は、私にとってやすらぎであり、楽しみである。と同時に、彼女にとっても、同様のことが言えると思う。

    そんな彼女は、沖縄戦当時、日本軍第三十二軍最高司令官、牛島満中将の散髪を担当していた。本土での暮らしが長く、流暢な共通語が話せた彼女は、定期的に下宿先の散髪屋から首里の司令部に通い、牛島中将の散髪を行った。

    「バリカンでねえ、こうやって、五分刈りにするわけさぁ...。」

    彼女は牛島中将の話をする時、いつも懐かしそうな表情で、幸せそうだ。とても大戦時、命の危機迫る、切羽詰まった状況とは思えない語り口である。

    米軍上陸時、牛島中将は、配給で朝早くから店の主人の煙草を得るために並ぶのがつらい、という曾祖母に、「それならば、これを持って行きなさい。」と四カートンもの煙草を渡してくれたこと、そして、

    「一気に渡してはだめですよ。一日一箱ずつ、今までどおりに渡すこと。そして、 あなたはゆっくり休みなさい。」と言ってくれたことを、私に話したことがある。またあるときは、牛島中将の帰りを、玄関で三つ指をついて出迎えた際、「鹿児島の家族を思い出します。」と、嬉しそうに述べたことを、大切な思い出のように語った。

    上陸の間際、首里の琉譚池沿いの道を歩く曾祖母を見かけると、わざわざ車から降りてきて、「無事でいて下さい。元気でいて下さい。」と握手をしたこと。それが生前の牛島中将の最期の姿だったこと...。

    曾祖母の思い出の中では、日本軍第三十二軍司令官は、いつも「牛島さん」だ。だが、彼女はとてもつらそうな表情を見せる。その「牛島さん」が「牛島司令官」であるという事実を受け入れようとする時に。

    「戦争はならんど。戦争は人間を鬼にかえるよ。」戦後五十年を過ぎた当たりから、彼女は頻繁に戦争史や書物を、丸い背中をもっと丸めて、読みふけるようになったという。きっと、目の前の思い出と先の大戦を、一本の線上に並べ、客観的に、懸命に、理解しようとしているのだと思う。彼女も戦争で大切な人をたくさん亡くした。最愛の夫とも離れ離れになった。一人で子どもを育て、一人で生きてきた。そして九十五歳と言う年を迎えた。時折ボーっとしながらも、この時だけははっきりと私に言う。「戦争は、絶対にならん。」と。

    中学生になり、沖縄戦が太平洋戦争の一つの戦いであったことや第一次世界大戦から第二次世界大戦の流れを学ぶきっかけが増えた。国と国との関係構築は、難しい。きっと時代での中で優れた人が戦略を考え、それらを練って、悩んだ末の戦争だった。だけど、私にも分かる事がある。どんな国益、利益の前にも、個人の命なしには、その意味を成さないことを。国民が、色んな国の人々が、お互いの価値観を認め合うことが、今、求められていることを。そして、私は学ぶ。この国が過去にどのようにして戦争への道へ歩んでしまったのか。私は聴く。たくさんの戦争体験者 の声を。そして理解する。戦争がどれだけ無意味で空虚なものか。これから私は考え判断できる人になる。たくさんの情報にふれながらも、その心根はしっかりと持って、曾祖母の想いを、私の意志にかえて、私は、歩んでいこうと誓う。

    | - | 05:45 | comments(0) | - |
    CALENDAR
    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << August 2018 >>
    SELECTED ENTRIES
    ARCHIVES
    RECENT COMMENT
    モバイル
    qrcode
    LINKS
    PROFILE